銀水村(ぎんすいむら)は、福岡県の南部、三池郡にかつてあった村である。
概要
現在の大牟田市の北部、大字吉野・宮崎・倉永・岩本・上内・四ケ・唐船・岬・手鎌・甘木・白銀・橘・宮部・久福木・田隈・草木・白川及び上白川町・中白川町・下白川町にあたる。なお、昭和開(しょうわびらき)については、銀水村が大牟田市に編入された後、1950年代に始まった三池干拓事業により造成された土地であるため、旧銀水村域には含まれない。
西は有明海に面し、南西は大牟田市、南東は三池町、北西は開村、北は高田村、北東は飯江村と山川村、東は熊本県玉名郡南関町及び賢木村と接していた(開村・高田村・飯江村・山川村は現在のみやま市、賢木村は現在の南関町)。
合併当時、旧村域は三池郡に属する町村の中で最も面積が広く、現在の大牟田市のほぼ北半分を占めていた。また、合併後、特に戦後になって急速に宅地化が進み、現在の人口は4万人を超えている。
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制が施行。白銀(しらがね)、橘(たちばな)、宮部(みやべ)、久福木(くぶき)、田隈(たくま)、草木(くさき)、白川(しらかわ)の7村が合併して(旧)銀水村が発足。
- 1907年(明治40年)5月1日 - 倉永、上内、手鎌及び(旧)銀水の4村が対等合併して(新)銀水村が発足。
- 1935年(昭和10年)6月30日 - 集中豪雨により白銀川が溢流。約500戸が浸水した。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 大牟田市に編入。
村長
- 1907年(明治40年)〜1923年(大正12年) - 千田精一
- 1923年(大正12年)〜1937年(昭和12年) - 白仁秋津
- 1937年(昭和12年)〜1941年(昭和16年) - 大石一
学校
- 橘小学校(のちの銀水小学校、現在の大牟田市立銀水小学校)
- 上兎道小学校(のちの上内小学校、現在の大牟田市立上内小学校)
- 深倉小学校(のちの手鎌尋常小学校、現在の大牟田市立手鎌小学校)
- 倉永小学校(現在の大牟田市立倉永小学校)
交通
- 国鉄(現在のJR九州)鹿児島本線
- 銀水駅
- 銀水村が大牟田市に編入された後、旧村域内に吉野駅が開業した。
- 九鉄(現在の西鉄天神大牟田線)
- 渡瀬駅 - 倉永駅 - 銀水駅
- 銀水村が大牟田市に編入された後、旧村域内に東甘木駅が開業した。
脚注
関連項目
- 福岡県の廃止市町村一覧



